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BリーグSCS推進チーム・中山晴雄氏が進める脳振盪対策「どう対応すればいいのかを根付かせたい」

リーグ全体で脳振盪について知ることが大切

昨秋、Bリーグが公開した「B.LEAGUE 2022-23 SEASON Injury Report」では特にページを割いて頭部外傷・脳振盪に関するデータを記載。さらに脳振盪についての考察も紹介している。それだけ力を入れているのは、接触プレーが付き物であるバスケットボールでは、偶発的に脳振盪(のうしんとう)が起きてしまい、最も重視すべき問題の一つと考えられているからである。Bリーグの「SCS推進チーム」で中心となって、脳振盪に取り組んでいるのが、東邦大学医療センター大橋病院で脳神経外科/院内感染対策室・副室長を務める中山晴雄氏である。

“振盪”とは揺れ動くという意味。衝撃や振動が伝わって頭蓋骨の中で脳が大きく揺れ動き、脳の機能異常が起こる。症状は認知機能障害や精神活動の障害、平衡感覚障害、頭痛、めまい、耳鳴り、複視(物が二重に見える視覚の異常)など様々だ。頭部外傷では最悪の場合、急性硬膜下血腫などで死に至るケースもあり、脳振盪であっても短期間で繰り返すと重症化や、将来的な問題も危惧される。

ところが脳振盪だと判断することもそう簡単ではない。

「実は頭をぶつけなくても起こりますし、一見では脳振盪なのか分からないという問題があります。そしてバスケに限らず、スポーツで起こる脳振盪では意識を失うことがほとんどなく、競技を続けてしまうケースも見られ、試合後、プレーの記憶がないなんてこともよくあります。脳振盪後のプレータイムが長いほど、復帰するまでの時間が長くなるというデータもあり、脳振盪を疑う状況なら速やかに競技を止めたいところです」と中山氏は注意喚起する。重要なのは選手やスタッフなどクラブ単位で知識を深めること。さらに選手が「脳振盪かもしれない」「症状が出ているかもしれない」と異変を口にできる環境作りも大切になってくる。

Bリーグとして、SCS推進チームが目指すのは、できるだけ脳振盪を減らすこと。もし起きてしまったとしても復帰までに適切なプロセスと期間をかけ、再発を予防すること。そのうえで重要なのがデータを蓄積すること、そして「サーベイランス(持続的に収集・分析した情報を予防と対策のために還元すること)」である。冒頭で紹介したBリーグのレポートによると、昨季のB1、B2では31件の脳振盪が発生し、うち27件(87.1%)が試合中で起こり、4Qでの発生が12件(44.4%)と最も多くなっている。また離脱日数の中央値は8日で約9割が28日以内に復帰となった一方で、29日以上の離脱も3件(9.7%)ある。

このデータについて中山氏は「アメリカンフットボールやラグビーといった他競技での例に近い印象です。点を取り合うチームスポーツの場合、8割から9割は練習中ではなく試合中に起きていますし、試合の後半に多いことも共通しています。ある程度想定された結果と言えます」と分析。さらにバスケでの脳振盪について「スクリーンに引っかかっての転倒や、ヒジが当たって起こるなどが一般的です。特徴的なのは、頭頂部から真下に衝撃が抜けて起こる脳振盪があること。これは他競技には見られません。これからもシーズンのいつ、どんなタイミングでどんな状況で、どのポジションの選手がどの位置でといったデータの蓄積を続けることが大切です。その結果、マウスガードが有効となるかもしれませんし、特有の倒れ方が効果的と分かるかもしれません。バスケでの発生数を減らすためにも、サーベイランスが重要なのです。そのためにもリーグとしての協力体制を設け、各クラブがコミットし、正しいデータを収集したいところです」と外傷・障害の発生要因を“見える化”していくことで、Bリーグならではの対策が見つかる可能性があると説明してくれた。

脳振盪を「盲目的に恐れるのは間違っています」


中山氏は脳震盪に対する段階的復帰プログラムを監修【(C)B.LEAGUE】

Bリーグと同様に脳振盪対策に力を入れているのがNFL(米アメリカンフットボールリーグ)だ。接触が多いスポーツということもあるが、NFLではシーズンごとに脳振盪についてルール改正も含めて話し合う場を設けている。Bリーグもいずれ、特別ルールを検討するといった段階に進むのかもしれない。また脳振盪に対してBリーグでは段階的復帰プログラム(※中山氏が監修)を用意しているが、これは国際スポーツ脳振盪会議が定期的に採択する国際共同声明がベースとなっている。

「6つのステップがあり、1から3が基礎的な動作、4から6は競技に特化した動作となり、その間にいわゆるメディカルチェックが入ります。確認のステップを入れて、安全が担保された選手はより競技に特化したような練習に進みます」(中山氏)。これに関しても、サーベイランスを注視してバスケに適したもの、Bリーグに適したものに見直すことで復帰までの日数を縮められる可能性があるとしている。

脳振盪の問題は、もちろんBリーグだけのものではない。学生スポーツであっても体格差のある選手が対戦することもあり、また知識不足や、そもそも専門的なスタッフがいないことも多いため、的確な判断をせずにプレーを続けがちだ。一見では分かりにくいケースに対して、どうしていいかわからないという人には中山氏も参加している日本臨床スポーツ医学会学術委員会脳神経外科部会がまとめた「頭部外傷10か条の提言」が助けになる。文字どおり10の提言があり、脳振盪の判断方法も紹介されたものだ。また、Bリーグでも、中山氏が監修した高校生(18歳)以下に対し推奨される段階的復帰プログラムを開示しており、こちらも貴重な資料となるはずだ。

頭部外傷10か条の提言【日本臨床スポーツ医学会】

高校生(18歳)以下に対し推奨される段階的復帰プログラム

最悪の場合、死の可能性もある脳振盪ではあるが、「盲目的に恐れるのは間違っています」と中山氏は言う。「脳振盪に代表されるような頭や首のケガの危険性をいたずらに煽るのではなく、どう対応していけば危なくないのかということをBリーグに根付かせることが私の一つの仕事です」。判断と対応を速やかに、的確にやることが何より肝要ということだ。

そして「そういう姿を見て育った次の世代はプレーだけではなく、プロの所作も学ぶはず。そのスタンダード(基準)を作ることが大切です。総合的にスタンダードを高めていくことで、いかにBリーグが安全で魅力的で価値が高いのかが伝わりますし、そうした魅力は世界にもアピールできるはずです。少しでも役に立つことができれば、私もSCS推進チームに呼んでいただいた価値があるかなと思っています」と思いを語ってくれた中山氏。問題を明確にして的確な手を打つ。SCS推進チームを象徴する取り組みである脳振盪対策は、必ずや良い効果をもたらしてくれるに違いない。

取材・文:月刊バスケットボール編集部


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