見出し画像

【SCS推進チーム】今季2冠!千葉ジェッツにあったスポーツサイエンスを生かしたトレーニング術

「ちゃんとやれば絶対にプラスになる」

「フィジカルやコンディショニングが向上するほど、勝つ確率は上がります。それだけでなく、いいコンディションであれば1試合でのダメージが減りますし、筋力が高い人の方が同じ運動をしても疲労感が少なくなります」

千葉ジェッツで2022-23シーズンからディレクターオブスポーツパフォーマンス&プレイヤーディベロップメントを務めている吉田修久氏の言葉だ。かつてNBAサンアントニオ・スパーズで2シーズン、ストレングス&コンディショニングコーチを務めた経験を持つ吉田氏の強みはスポーツサイエンスを生かしたコンディショニングである。BリーグのSCS推進チームでもストレングス&コンディショニングを担当している。

吉田氏は山口・岩国高でプレーした後、米トレド大に進学。バスケのトレーニングについて学び一度帰国すると、当時日本リーグに在籍していたさいたまブロンコスのトライアウトを受けて選手として活動。並行して大学でストレングス&コンディショニングコーチを務めると、再度渡米してフロリダ大大学院に入学した。同時にNCAAのディビジョンIに所属する同大学のチームで仕事をすると、縁あってスパーズに声を掛けられることになった。その後、イースト・テネシー州立大で博士課程ABDを取得して帰国。サンロッカーズ渋谷を経て2022-23シーズンより千葉Jで現職に就いている。

日米で研鑽を重ねる中で目指していたのは「ストレングス&コンディショニングコーチとしてオンリーワンになる」こと。トレド大時代、学んだ知識を生かしてトレーニングをし、パフォーマンスが段違いに良くなったという経験もあって、「ちゃんとやれば絶対にプラスになる」という信念を持っている。何より大切と主張するのは、筋力のベースアップである。

「海外選手と日本人選手の違いは、筋力の差とも言えます。筋力発揮が高ければ筋肉や関節などのダメージが減り、疲労も少なくなります。例えば、バックトゥバック(2日連続の試合)でも高いパフォーマンスをキープしやすくなります。千葉Jではベースとして筋力を上げる試みをしています。筋力というのは、単に重いものを持てるかといったことだけではなく、いかに速く出力できるかも重要ですし、うまくコントロールして使えるかも大切です。私からは個々に合ったトレーニングのプログラムを提供し、適したタイミングを助言していますが、それらは科学的データを元に足りない部分や伸ばすべき部分にKPI(指標)を設定してのものです。選手にはトレーニングにコミットしてもらい、目標達成のために妥協なくやり遂げる、やり続けるという文化をチームに根付かせています」

千葉Jでは近年、大学から有力選手が度々クラブ入りしている。その選手たちが千葉Jを選ぶ理由の一つが同氏の存在と言われている。吉田氏は「トレーニングは効果が出るまで時間がかかるものなので継続してやる必要があり、プロセスを重視しています。そういった中で小川(麻斗)や金近(廉)、他の選手もまず体が変わったと体感し、プレーでも体の変化を感じています」と選手たちの変化を語っている。

吉田氏が語るスポーツサイエンスは、生物学における生理学、バイオメカニクス(生体力学)、栄養学、医科学などの科学的な知識を組み合わせてパフォーマンスを上げることを目指す学問。そのために必要なのが、選手個々の科学的データだ。動きの中で生じる力を測定するフォースプレート(床反力計)や、選手の運動データが取得でき、選手の競技パフォーマンスや身体負荷をリアルタイムでモニタリングできるトラッキングシステムのキネクソン(KINEXON)など、いくつもの機器やデバイスから得たデータ、さらにこれまでの経験値から推測する視覚的情報を統合させて、選手に必要なものを導き出す。そう書くとシンプルな過程に思うかもしれないが、筋繊維が細くてもパワーが出るタイプの選手もいれば、太さがないと力が出ないタイプの選手もいるなど、体の特徴は選手の数だけあるため複雑な考察が必要となる。トレーニングメニューをこなすにもエクササイズの種類や運動様式、順序によって効果が真逆になるケースもあり、データを逐一チェック、分析しながら吉田氏がアドバイスをしていくのだという。

アイラ・ブラウンは41歳ながらチームの主力として出場を続ける【(C)B.LEAGUE】

中でもアイラ・ブラウンの例は興味深い。今季41歳という年齢ながら、レギュラーシーズンで出場しなかったのは4試合だけ(56試合、平均23分16秒出場)。その背景には、他の選手と同様にトレーニングを積んだプロセスがある。吉田氏は「彼は元々筋力が高いんです。そして得意な動きもある一方で苦手な動きがありました。今季チームに加わって最初のフェーズでは、リスクのある動きや筋バランスの改善を行い怪我のリスク要因にアプローチし、その後は速く力を出すハイパワーのエクササイズをけっこうやりました。それまでそういうトレーニングはあまりやっていなかったそうです。こなしていく中で筋肉をバランスよく使ったり、うまく速く出力できたりするようになり、さらに適切な運動量を確保していくと体が適応し、疲れにくくなるという変化が見られました」と収穫を説明している。

千葉Jは、昨シーズンは天皇杯を制覇し、BリーグではB1リーグ戦53勝7敗で史上最高勝率(88.7%)を残し、「日本生命 B.LEAGUE FINALS 2022-23」に進出し準優勝に。今季は、日本のクラブとして初のEASL(東アジアスーパーリーグ)制覇を果たすと天皇杯を連覇して2冠。加えて「日本生命 B.LEAGUE CHAMPIONSHIP 2023-24」のセミファイナルに駒を進めた。リーグの中で、これだけの試合数をこなしているクラブは数少ない。試合が増えていけば、避けることのできない故障も発生してしまう。その中で、好成績を残せているのは、勝てる戦力を維持し続けられているから。「プロセスは選手それぞれで、ベストパフォーマンスを出す計算式は、選手によって変わってきます。筋力が高い選手もいれば、パワーやスピードが秀でている選手もいます。結論としては体重比に対しての筋力・パワー値が高い人がいいのですが、ちゃんとした動きができないと体への負担は大きくなってしまうのです」と語る吉田氏の貢献度は小さくないだろう。

SCS推進チームを通して目論む、リーグ全体、日本バスケ界全体のレベルアップ

【(C)B.LEAGUE】

スポーツサイエンスを生かしたトレーニングで、千葉Jの選手たちのパフォーマンスを高めている吉田氏。SCS推進チームでは、どのような取り組みを行っているのか?

「まずは選手たちの現状を知るためにも、Bリーグ全体でパフォーマンステストを行って基準となる数字を作りたいという話をしています。その上でセーフティとコンディションの部分に着手したいと考えています。SCS推進チームでは障害統計を取っていますが、予防するためには何をすべきなのか?もちろん、筋力は大切で、正しいトレーニングをする必要があると思います。また回復するための休養も不可欠となります。将来的には科学的なプログラムを練習にも取り入れていくということをリーグ全体でやっていければいいなと考えています」。

自身のクラブと同様に、ベースとして筋力を上げることがカギになる。その考えは、学生においても同様だ。

「成長期までとそれ以降でのアプローチを変える必要はあると思います。成長期以降ということでは、バスケットボールのスキルを磨く練習は多く取り入れられていると思いますが、スキルはフィジカルという土台があってこそのもので、フィジカルが弱いがためにプレーやスキル習得に制限がかかっているケースがとても多いです。筋力があれば、同じ動きをする場合でもクオリティーは変わります。より高いレベルを目指すならば効率的かつ正しい動き方が大切ですし、最終的には筋力を上げてパフォーマンスを高める必要があります。海外でも高いレベルの選手たちは、そこをしっかりやっています。いかに効率的に行うかに目を向けることで、息の長い選手になることは間違いありません。日本の現状を考えると、筋力や栄養、疲労回復など体作りへのフォーカスが不足していると感じています。選手だけでなく、指導者の方にもうまく情報を出していくことができれば日本バスケ界の発展につながると思います。そこを頑張りたいですね」

近年、好成績を維持している千葉Jを支える吉田氏のスポーツサイエンスを生かしたコンディショニング術は、今後、SCS推進チームを通してリーグ全体で共有されていく。結果としてリーグ全体の底上げとなることはまちがいない。選手の故障が減り、選手寿命も延びる。そうした選手たちが、よりベストに近いパフォーマンスを日々のゲームで発揮する。さらにコンペティティブなBリーグを見られることにつながるだろう。

取材・文:月刊バスケットボール編集部