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スポーツセーフティーの重要性、SCS推進チーム・佐保豊氏が強調する選手、来場者への安心・安全の提供

“安全”をないがしろにしていた日本のスポーツ環境

「『無知』と『無理』。スポーツの世界を問わず人間が犯すミスやエラーはそれが原因と言われています。やっていいのか悪いのか、いつ止めるべきなのか、無知から無理につながってしまう。知識があれば予防できた事故やケガは数多くあります」

Bリーグが進める「SCS推進チーム」でスポーツセーフティーを担当する佐保豊氏(NPO法人スポーツセーフティージャパン代表理事)の言葉である。アメリカ・ネバダ州大ラスベガス校出身で米BOC公認アスレティックトレーナーとなり、サッカーのチリジュニア代表をはじめ、海外で多くの経験を積んできた佐保氏が、法人を設立したのが2007年のこと。そのきっかけとなったのは、日本でのスポーツにおける安全体制の危うさだった。制度や規律がしっかりしている一方で、選手のケガや様々な事故に対して具体的な対策を講じられていない状況に「不安を覚えた」と言う。それは欧米の常識からあまりに乖離していたからだ。訴訟社会であるアメリカでは、あらゆることが裁判につながっていく。スポーツでの事故やケガも同様で、さまざまな可能性を予測し回避策や対策を講じていたのかが争点になる。だからこそ、スポーツを安全に行える環境=「スポーツセーフティー」が重要視されてきているわけだ。

「スポーツセーフティー」で最も重きを置くのが、死者を出さないこと。スポーツにおける死亡事故の三代要因は、“トリプルH”と呼ばれる心臓、頭部(および首)、熱(熱中症など)に関わるもので、実に9割程度あるという。中でも多いのが心臓の問題だ。仮に試合中に心停止が発生した場合、AED(自動体外式除細動器)があれば命を助けられる可能性も高まる(※Bリーグでは全試合でAEDの準備を義務化している)。しかし、それを誰が取りに行くのか、誰が救急車を呼ぶのか、誰が倒れた選手に対応するのかといったことを明確に決めておかないとタイムロスが生じてしまう。大切なのは1秒でも早く医療機関に受け渡すこと。そのために、佐保氏がB1、B2全クラブに指導したのがEAP(エマージェンシー・アクション・プラン)と呼ぶ「緊急時対応計画」の作成だ。これはケガや事故などが起こった際に、誰が何をすべきかをあらかじめ決めておくルール作りである。


EAP(エマージェンシー・アクション・プラン)では3つのアクションを掲げていると話す【(C)B.LEAGUE】

「EAPでは“知る”“備える”“整える”という3つのアクションを掲げています。まずは正しい知識を得る(“知る”)こと。AEDの使い方を知っていたとしても、その場になければ意味がないので、安全に必要なものを最低限“備える”必要があります。さらにスタッフが機能的に動くために、救急車を呼ぶ人、AEDを持ってくる人など役割を決める。人と物がしっかり機能するように“整える”というのがEAPなのです」と説明する。EAPに関しては、計画を立てるだけではなく、実際の試合会場でのシミュレーションを推奨。選手がケガをしたケース、観客に問題が発生したケースなどEAPで決めた動きを関わるスタッフ全員で一通りやり、佐保氏がチェックして時間削減を図る試みも行っている。「EAPはそれが実際に機能するのかが最も重要です。例えば体育館にAEDはあったとしても、遠い場所にあってすぐに使えないということも考えられますし、大柄な選手の場合は救急隊が来ても搬送に苦労することもあります。シミュレーションを行うことで、想定していなかった問題点が見つかります」と語る佐保氏。最悪の場合、命に関わることもあるわけだから、あらゆる状況を考えて盲点をなくしていかなければならないのだ。

選手のケガだけでなく、興奮して具合が悪くなる、心臓に問題が発生、階段から落下など、千人単位で訪れる観客の事故も少なからず発生しているのが現状だ。Bリーグ規約の第4章競技の項では「ホームクラブは、選手、チームスタッフ、実行委員、運営担当、広報担当、審判員および観客等の安全を確保する義務を負う」と安全配慮義務も定めている。運営者としては安全を担保しつつ、問題が起きたら最大限の対応をしなければならない。そのための一環としてBリーグでは、試合前に関係者全員が集まって医療体制や緊急時の対応などを確認する“EAPハドル”と呼ばれる時間を設けることを義務化しているが、これも佐保氏の提案からである。

安心・安全のノウハウを末端まで浸透させることが最終目標

選手のケガやトリプルHなどの問題は、どのレベルでも起こる可能性はある。専門的なスタッフがいないことも多い学生スポーツやクラブチームでは、コーチや選手などその場にいる人間が多くの部分をカバーしなければならないと佐保氏は言う。

「EAPも含めてトリプルHのことを学んでいただき、知る、備える、整えるという3つのアクションを自身の現場で見直していただきたいですね。日本バスケットボール協会の公認コーチ養成講習会でもスポーツセーフティーの内容を組み込んでいただいていますし、我々の法人ではどなたでも安全な環境を作れるように教育プログラムを作っているので、活用してもらえればと思います」

佐保氏の法人では、多くの競技団体から相談を受けて安全管理体制についてレクチャーも行っている。その際、“団体として選手に安全な環境を整えましょう”と訴えていたが、実際に行動に移したのはBリーグが初めてだったという。実は佐保氏はBリーグ設立直後から関わっており、当初はトレーナーやメディカルスタッフなど各クラブのキーパーソンと共にCPR(心肺蘇生法)やAEDの講習を行うなど安全な環境を作る活動をしていた。そういった試みがSCS推進チームの中で生かされることになったわけだ。

「SCS推進チームは、こういう形で選手を守りましょうという競技団体としての理想の形です。リーグ全体で細かく障害集計を取り、しかるべき専門家がいて、バスケットボールにおいて安全な環境とは何かというのを追及する。そうして把握したデータに基づき、より効果的な対策を立てることができるはずだと思っています。バスケに限らず、スポーツでは選手が安心してプレーできる環境を作り、コーチや関わる方々も安心してスポーツに取り組めるというのが一番です。Bリーグは競技のトップリーグですから、ここがお手本になって、ミニバスなど末端のところまで浸透させていくことが私たちの目標。いかに還元できるかというところも目指してこれからも活動していきたいと思います」

佐保氏が訴え続けてきたスポーツセーフティーの重要性。それに応えてSCS推進チームという理想の形が出来上がった。今後、他のスポーツをリードする形でBリーグ、そしてバスケットボール界に「スポーツセーフティー」という新たな文化が生まれることになる。

取材・文:月刊バスケットボール編集部

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